ぺぺ生駒のリアルカイジ日記

今年の3月から京都嵐山に住みはじめました。徒然なるままに日々思ったことを書き連ねるブログです。色んな場所で学んだこと、普段の生活から学んだことを書いていこうと思っています。

願望実現パワーストーンの中身…!〜5月11日(土)加藤好洋イベント〜

お久しぶりです。生駒です。

 

色々ありまして、今底辺状態をさまよっております……京都にて

 

そのため、ブログのタイトルは「徒然日記」改め、「ぺぺ生駒のリアルカイジ日記」となりました。

 

どうぞ底辺の生活模様をお楽しみ下さい☆

 

さて、今日は師匠である加藤好洋先生の夢源樹イベント、「成功法則の裏側」&「願望実現パワーストーンに行ってきました。

 

まずは、願望実現パワーストーンについて。

 

これは、10名限定で、参加者それぞれの願望を実現するの必要なエネルギーを込めたパワーストーンを加藤先生から頂くというプレミアムなイベントとなっております。

 

僕は一部の講演と共にこれに申し込むことができ、前々から楽しみにしてました。

 

京都から東京まで、友人のトミーのブログと一緒に夜行バスで会場までやってきました…!

 

第一部終了後、会場を移動した後、加藤先生を囲んでお食事しながらの歓談(グループコーチング)、そしてその後一人5分ずつ対面で話しながら頂いたパワーストーンにエネルギーを注入して頂きました。

 

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↑願望実現パワーストーンの様子。

上の写真左上にチラッと僕が写ってます笑

 

皆さんそれぞれ様々な願望についてお話をし、その制限を解除するエネルギーを注入していただきました。

 

魔除けの石、現状確認の石、エネルギー増幅の石など……詳細は書けませんが各々の願望実現に向けてプラスとなるエネルギーが込められた石が次々と精製されていきました。

 

さて、そんな中僕が頂いたストーンはこちらです。

 

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ちなみにこれは45万ペリカです☆

(計算してみて下さいww)

 

願望実現のためのパワーストーン…今、京都にきてもがいている日々を打破するためのエネルギーを込めた石を手に入れられると期待に胸を膨らませ、エフェカシーを上げ、いざ加藤先生の目の前に立ちました。

 

僕頂いたパワーストーン、その性質とは……

 

 

 

 

 

 

 

自己肯定感(エフィカシー)を下げ、エネルギーを吸うストーン

 

いわば、アンチパワーストーンでした。

 

…………ん?

 

あれ?おかしくない??

え、パワーストーンってパワーを与えるストーンだよね?エネルギーを注入して力を与える石だからこそ、パワーストーンなんだよね??

 

一方で、僕が貰ったストーンは、自己肯定感を下げ、エネルギーを吸うストーン

 

これ、パワーストーンじゃないよね。

エネルギー吸っとるやん。アンチパワーストーンやん。

 

はは、ははは……

 

どうしてだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

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はるばる京都からやってきたのに!

ここに希望があると信じてきたのに!

 

加藤先生も、ストーンを作成した際に

 

「いやぁ、これおもしろいね。一人だけ他とは違ってエネルギーを吸い取るストーンが出来上がったね〜」

 

と、いつもの調子でお話されていました。

 

なぜだ……なぜ俺だけエネルギーを貰えないんだ。

 

何か、事情があるのか……!

 

はい。ちゃんとした理由があります。

 

前々から加藤先生改め、加藤コーチから僕が受けていた指導が"自己肯定をやめなさい"ということでした。

 

加藤コーチ曰く、僕はダメダメなのに自己肯定しまくり。何も出来ないくせにエフィカシー(自己肯定感)だけは高い、そんな上手くいかない仕組みが根付いている人間であるとのことでした。

 

その仕組みは今でも残っており、頭では理解していても、心の反応においてはやはりどこかで「自分は正しい。自分は出来るやつだ」という現実離れしたリアクションが出てしまっているのです。

 

0.1秒で起こる心の反応ですね。

 

このしくみをぶっ壊し、正常な状態になるために僕は地の底まで一度落ちきる必要があります。

 

死に物狂いで溺れる状態を経験する必要があるのです。

 

その為に、職を捨て、京都まで来たという面もあります。

 

京都に来て、この先ますます上手くいかなくなり、僕は追い詰められていきます。

 

そんな中でも一生懸命やれる限りを尽くして頑張ること。

 

溺れ切ること。

 

その末にようやく僕は成長するということを教えて頂いてます。

 

今日もそれと同じことを言われ、溺れる状態に向けての圧縮をかける為に作られたストーンがいわばこのアンチパワーストーンです。

 

エネルギーを吸収するとはいえ、あくまでも僕の成長促進の為に作られたストーンなのです。

 

加藤先生の指導には決まったコンテンツはありません。常に目の前の個人と向き合い、その人に一番必要な情報やエネルギーを下さります。

 

僕に対してのそのかたちの表れが、今回のストーンなのです。

 

肌身離さず持ち歩き、自己肯定感(エフィカシー)を下げながら日々頑張っていきたいと思います…!

 

ぺぺ生駒の京都リアルカイジ日記……

 

今後の動きに期待してください!

 

もがき苦しみながら更新して参りますww

 

つづく!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個性か欠点か

欠点を克服しなさい、という考え方は今時古臭くて相手にされない考え方だと思われます。

 

それよりも、自分の長所を伸ばしていきなさい。短所を克服しようとするのではなく、得意なこと、長所を伸ばしていくことに意識を向けなさい。

 

欠点なんて、見方でしかない。自分が短所だと思っていることは、時と状況が変われば、実は長所になるんだ。

 

協調性が無いと言われてきた子供が、大人になってから誰も真似することのできない斬新なビジネスで成功することもある……といった使い古された例を用いるまでもなく、"個性"を大切にして生きていこう、教育をしていこうという考え方が今は主流だというのは皆、何となく感じる所だと思います。

 

もっともらしい考え方ですし、僕もそうだと思うところが大きいです。

 

が、

 

以上に述べた文章の中で、一箇所疑う必要のある場所があると感じてます。

 

それが、

 

"欠点なんて、見方でしかない"

 

という部分です。

 

ここで言われていることは、"欠点"なんて存在しないんだ、全ては見方次第なんだ、ということだと思います。

 

果たしてそうでしょうか?

 

多分、今時多くの人が上手くいかない原因を、その人が適切に"個性"を使えていないからだと考えます。

 

ですが、"個性"以前にその人が"欠点"を克服していないから、上手くいかない、上手くいかせないようになっている、と考えることもできるのではないかと、僕は思うのです。

 

いや、そう思うようになってきた、というのが正直なところです。迷いはあります。

 

では、"欠点"とは何なのか?

 

それは、その人の心から摘むべく"悪の芽"と言い換えることができるかもしれません。

 

悪というのは、善に対する悪です。

 

例えば、自分にしか興味がなく、自分の得することに対する執着だけは人一倍強い、といった性質があるとします。一言で言えば利己的な在り方です。

 

その力、欲望を利用して成功を果たし、結果的に社会貢献にも繋がればそれは"個性"を活かしたことにならないのか、と考えることもできます。

 

しかしながら、その利己的な在り方ゆえに上手くいってしまう場合、その人は最終的に苦しむことになるのではないでしょうか。おそらく身の回りの人間関係は上手くいかず、孤立することになるでしょう。

 

"個性"だと思って利用してきたその性質は、実は忌むべき"欠点"であった。欠点を利用し続けた結果、その人の中で"悪の芽"が育っていった。

 

そんなことだって、あるんじゃないかと、想像できます。

 

何が言いたいのか。

 

"欠点を克服しなさい"

 

冒頭に述べたこの言葉を受け止める必要もあるのではないかと思うのです。

 

思うというよりは……正直な話、自分はそこにかけているというのが正確な話です。大前提として、善悪なんてものが存在するのか、"欠点"なんて存在するのか、あるとしてもそれを克服することなんてできるのか。

 

みなさんは、どう思うでしょうか?

 

自分の場合、そうした行く末は、今後の自分の人生から判断できると思っています。

 

迷いながら、後悔しながら、なんとか進みます。

 

以上です。

 

 

 

 

 

【天使と悪魔は神一重レポ④】天使予報と悪魔予報~3/10(日)加藤好洋イベント~

IV.悪魔予報

 

第一部、後半は「悪魔予報」・「天使予報」と称した参加者に向けてのメッセージでした。メッセージの内容は、加藤さんが直接その場で“受け取って”得た情報です。補足説明をすれば、加藤さんは常日頃“上”から(時には“下”から)メッセージを授かって人に伝えています。それが預言者としての加藤さんの役割です。この臨場感に関しては講演に来ていただくか、YouTubeの夢源樹チャンネルに載ってある過去の講演動画を見て頂けると伝わってくると思います。

 

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さて、まずは「悪魔予報」についてです。悪魔予報とは、今、悪魔が何を仕掛けてきているのかという情報について語られたものです。

 

世間に対する悪魔の仕掛けは主に次の3つです。

 

①危機感を鈍らせる

②権威への依存

③エンタメへの逃避

 

まずは、①危機感を鈍らせるについて。

 

これは、人々の間に“まあ大丈夫だろう”という感覚を植え付けることを意味します。実際のリスクはともかくとして、ひとまず安心だろうという感覚を得るような仕掛けを巧妙に仕掛けているとのことです。その一例として挙げられたのが、最近ネットで話題になったジム・ロジャーズの30年後の日本の未来予測。

 

間違いなくこのままいくと30年後には日本の借金が目も当てられない状況になるという予測について述べられたものなのですが、逆に言うと、この記事を読んだ人の中には「ひとまず30年間は安心だろう」という感覚を抱いた人も多いのではないでしょうか。実際の所は30年という猶予もなく、崩壊は目前に近付いているのではないかというのが今ある現実なのかもしれません。

 

実際の所、どちらが正しいのかは分かりませんが、言葉の裏に隠れた意味ほど、潜在意識には刷り込まれていきます。こうした情報の出し方を通じて、どこかで人々の間に安心感を植え付けていくというのが悪魔の仕掛けの一つであると加藤さんは語られました。

 

次に②権威への依存について。

 

仕掛けとして存在しているのなら、昔からある仕掛けだと思います。先ほどのジム・ロジャーズの例もこれに関連しているかもしれませんが、真偽の判断を権威に頼る人の方が大多数だと思います。僕自身も、それが非常に強いです。だからこそこうして書いていて迷います。

 

権威の述べていることは正しい。

または権威ある組織に居る事で安心感を得る。

 

個人的にはそれが全て間違っているとは思いませんし、本当に正しいことを述べている人も居ると思っています。ただし、そこに依存をして言わば“守ってもらいたい”と思う姿勢に悪魔が入り込みやすいのだと感じます。後半の「天使予報」で述べられていたことですが、「自分を守る」姿勢の表れの一つに権威への依存が存在しているのだと思います。

 

最後に③エンタメへの逃避について。

 

今やテレビをつけるとほぼバラエティ番組しかやっていないと思います。また、ネットの世界にもアプリや動画サイトをはじめとした暇をつぶすコンテンツが山ほどあります。こうしたものが現実逃避とガス抜きに使われていると述べられていました。

 

現実逃避と言う言葉は正にその通りで、自分も日頃から何も考えたくはない時にニコニコ動画YouTubeに逃げているので、身につまされました……

 

他にも細かな点で述べられていたことは多く残っていますが、ひとまず「悪魔予報」をここで区切り、次に「天使予報」についてまとめます。

 

V.天使予報

 

「天使予報」、これは“上”からのメッセージになります。

 

今、天使が人々に伝えたい助言は主に次の2点です。

 

①身体を正常にしていくこと

②肉の親から魂の親へ

 

まずは①身体を正常にしていくことについて。予防医学や栄養学の世界でも言われていることですが、今の日本人は接種すべき栄養分が取り切れていないそうです。野菜に含まれる栄養素が減ってきているという理由もありますが、特に栄養素の中でもミネラル分が足りないと言われています。

 

ミネラルを補給する為に、市販のペットボトルの水を飲むよりも水道水を飲んだ方がまだミネラル分は吸収できるとも言われています。また、加藤さんはとにかく“歩く”ことは大事だと述べていました。現代人は歩く機会が少なくなってきていますが、歩く事で単純に足がポンプとなって血流がよくなっていく、気力は湧いてきます。

 

実際、朝起きてからどこにも行かず家でダラダラしているどんどん無気力になってきますが、5分でも歩くと活力は湧いてくるのを個人的にも実感します。身体を正常にしていく必要がある理由に関しては最後にまとめます。

 

次に②肉の親から魂の親へについて。

 

これは要するに「親離れ」をしなさいということです。

 

肉の親と言うのが言わば産みの親です。魂の親というのは言ってしまえば神です。

 

人によって状況が異なるため、一括りにしては言えないのですが親元で安定している人は、親元から離れて苦労をしなさいというメッセージが込められており、一言で言えば自立しなさい、ということです。

 

既にそれが当たり前の様にできている方も多いと思いますが、それが出来ていなければまずはそこからという意味なのだと思います。前述した通り、日常生活の中で苦労をしていく必要があるのでしょう。

 

①②共に共通している目的は、“身体と精神の抵抗力を付けていく”という点にあります。今後、日本は艱難辛苦の時代に入っていきます。日本だけでなく世界も含めですが、食糧不足に苦しめられたり、戦争が起きていきます。

 

そうしだ時代を乗り越える、つまりは死なずに生き延びていく為には最低限の抵抗力を今の内に付けていく必要があるとのことです。加藤さん曰く、いずれ苦労をせざるを得ないのならば先に苦労をした方が後々よくなっていくとのことです。

 

5月、6月以降世界がどうなっていくか、不透明な部分はたくさんありますが、危機には備えていく必要があるのだと理解をした上で、僕自身もできるところから動き始めています。最近転職し、京都に引っ越してきたのもその一部です。加藤さんの活動を応援し、情報を自分でも集めながら伝えられることを伝えていこうと思っています。

 

第2部の感想は、可能であれば公開をしていきます。

その前におみくじの続きだな……

 

過去の記事です↓

 

 

ikoma-tsubasa8.hatenablog.com

 

 

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【天使と悪魔は神一重レポ③】天使と悪魔が神一重である理由~3/10(日)加藤好洋イベント~

 

 

III.天使と悪魔が神一重である理由

 

天使、悪魔、そして人間。この三者の違いはどこにあるのでしょうか?

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“霊”という点においては本質的には変わりません。

 

シンプルに分ければ創世記に暗に記されてあるとされるミカエルとルシファーの争いにおいて、神側(ミカエル)に付いたのが天使、ルシファーに付いた堕天使が悪魔です。(その様子に関しては前々回のレポ冒頭に詳細を記しました。)

 

そして人間は、その後に天使が受肉した姿であるとされています。(極一部、悪魔が悔い改める機会を経て人間として生まれている場合もあるそうです)。つまり、厳密に言えば人間と天使・悪魔の違いは身体を持っているかいないかに限られてきます。

 

また、基本的に天使は善で悪魔は悪と分けられますが、天使の中にも悪意があり、悪魔の中にも善意は存在するとのことです。

 

ここからがなかなか面白い話なのですが、加藤さん曰く、天界の争いにおいて言わば上司の悪魔に逆らうのが怖いがために、嫌々ながら戦いに付き添って堕天使となった悪魔もいるとのことです。この点、権威や権力に逆らうのが怖く、渋々言う事に従い、ただ単に周りに流されてしまう人間と姿が似ていますね……耳に痛い(笑)。

 

我々人間にとっては、神側に付くのか、悪魔側に付くのかの選別を、肉体を持っている内に決めることとなり、その時間が迫ってきているとのことです。具体的には5月1日以降、ルシファー(サタン)が受肉すると言われています。

 

受肉…我ながら書いていて「なんのこっちゃい!?」という気分にもなりますが、具体的には政界において動きが出て来るはずです。僕もあの有名な元アメリカ大統領に注目しようと思います。

 

そこから、世界が大きく変わり、ヘラヘラしていられるのは6月位まででしょうと加藤さんは予言を残しました。

 

地震や戦争とかがいよいよ始まる前に食糧の備蓄を進めておいた方が良いかもしれませんね。まだ安全な今の内に。

 

次回はいよいよ第一部の肝である「天使予報」「悪魔予報」についてまとめます!

 

つづく

【天使と悪魔は神一重レポ②】修業とは?日常生活で自分を追い込む~3/10(日)加藤好洋イベント~

 

ikoma-tsubasa8.hatenablog.com

 前回↑

 

II.修業とは?

人生の目的は“魂の修業”であると書きましたが、では“修業”とはいったい何なのでしょうか?

 

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加藤さん曰く、修業とは“人生を変えること”を意味します。具体的にはできなかったことをできるようになるために困難を乗り越えていくことを修業というのだそうです。特に、日本人においては日常生活で修業をすることが多いと言います。

 

日常生活で上手くいかない、結果のでないことに挑戦し続け、ギリギリまで自分を追い込んだ末に、“上”からの情報(声)を受け取ることができるようになるとのことです。

 

しかしながら現代の日本は一言で言い表すと“与えられすぎている”状態にあります。娯楽に溢れ、欲しい物は割とすぐに手に入る世の中で、自分を追い込んでいくのは難しく、それ故に自分を追い込むような状況を意図的に作る必要があると言います。

 

私事になりますが、つい最近転職をして京都に引っ越してきました。京都に移住した理由は様々あるのですが、その一つに自分を追い込むという目的があります。また、後述しますがそもそも修業以前に親離れをして一人で生活を回すことで、一般的に人が当たり前にやれていることを当たり前にできるようにする必要があると痛感してでの移動という意味もあります。実際にそうして動いた結果、どうなっていくのかも記述していくことになるかもしれません。

 

一方で、追い込みさえすれば、情報を受け取れるのかというとそうではありません。

 

もう一つ条件があります。

 

情報を受け取ることができるのは言わば“生かす価値のある人間”に限定されます。生かす価値のある人間とは、受け取った情報をちゃんと実践に繋げ、使命を果たしていく気がある人間のことを指します。

 

そもそも人は何故生きているのか。その目的は何度も繰り返すように“魂の修業”にあります。そして、前々回のレポでも書きましたが、魂の修業ができるのは肉体を持って生きている間だけです。

 

修業をして、生前約束した使命を果たしていく気がないのなら、生かされることはないのかもしれません。

 

また、臨死体験を経て蘇った人が、人が変わったかのように社会貢献などに精を出すようになるのは、ある意味向こうで“確認”をされたのかもしれませんね。

 

このまま修業を続ける気があるのか。それとも人生を終えるのか。

 

臨死体験を経験するのは、大体人生が間違った方向に行っている時だと言われています。加藤さん自身も敗血症で生死の境を彷徨った際に人生の舵取りを変える様な経験をしたと仰ってました。

 

人間は、ただ単に意味もなく生きているのだと考えている人にとっては受け入れ難い話に聞こえるかもしれません。しかしながら、多くの人間、9割以上の人間は後悔しながら死んでいくそうです。

 

なぜ後悔をするのか?

 

とある証言によると、口を揃えて後悔する人が言うのは、

 

「もっとチャレンジすればよかった」

 

というそうです。

 

そのチャレンジというのが、本来、今生で果たしていくべき使命であったのではないかと僕は思います。

 

そういう点においても僕は、やはり人間には生きる意味があるに違いないと考えており、それ故にこうした話も聞いていて納得するところがあるのです。

 

つづく

 

次回イベント!

夢源樹-MUGEN-JU-:夢源樹がご提供するイベントをご紹介するページです:和製エクソシスト加藤好洋の「脱マインドコントロール」&「悪魔の囁きリーディング」

【天使と悪魔は神一重レポ①】天使とは何か?~3/10(日)加藤好洋イベント~

3月10日に夢源樹主催で行われた加藤好洋さんの講演会、「天使と悪魔 ~天使と悪魔は神一重(かみひとえ)~」の内容をまとめさせていただきます。前々回、僕が参加した際に書いた別の講演(「七つの大罪」)のレポはこちらです↓

 

ameblo.jp

 

I. 天使とは何か?

 

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「この中で、天使を見たことがある人はいますか?」

 

どこか聞き覚えのある出だしですが(笑)、最初に加藤さんが参加者に対して聞いた質問です。参加者の中で見たことがあるという人はいませんでしたが、加藤さん曰く、みんな日頃気付かぬうちに天使を“見ている”とのことです。

 

天使の目撃情報の中でも有名なものとしては、1986年にアメリワイオミング州で起きたテロリストの自爆テロ事件があります。

 

夫婦一組のテロリストが150人近い子供達を人質に取って小学校に立てこもり、自爆をしたのですが奇跡的に死傷者が0人だったのです。

 

生き残った何人かの子供達の証言によると、光り輝く天使の様な姿をした人が表れて自分達を安全な場所まで導いてくれたとのことです。その時のインタビューの様子が英語版で見つけたので貼っておきます。

 


Angelic Intervention save all 153 in bomb blast - Cokeville Wyoming - Unexplained Mysteries - Angels

 

上記の例のように、目に見える姿として天使を確認したという情報もあれば、声として聴いたという情報もあるそうです。

 

どんな形で天使が表れるのかと言えば、人それぞれの得意な感覚器官(五感)によって異なるとのことです。

 

実際に会場には、かつて歩行中に「危ない!」という声を聴き、立ち止まった瞬間に目の前数センチの所をバイクが通り過ぎていったという体験をしたという参加者の方もいらっしゃいました。

 

では、そんな天使の役割とは何なのでしょうか?

 

天使(angel)の語源はギリシア語のアンゲロス(angelos)、元々は人間同士で行われる“伝令”という意味があったと言われています。

 

伝令と言う意味から推察できるように、天使の主な役割は“情報を伝え、導くこと”にあります。後述しますが、人生の目的は“魂の修業”です。

 

生きている間、人間がその目的に沿った生き方が出来ているかをチェックし、時に導きを与えるのが天使の役割です。

 

緊急時、特に罪の無い子供が危機に晒された際は前述のように具体的な警告を与えることがありますが、基本的には“サイン”という形で抽象的なメッセージを我々に伝えるのです。日常を通して。

 

但し、具体的過ぎるメッセージに関しては欲を煽る悪魔の“囁き”である可能性もある為、注意は必要であると言われています。

 

つづく

 

次回イベント!

夢源樹-MUGEN-JU-:夢源樹がご提供するイベントをご紹介するページです:和製エクソシスト加藤好洋の「脱マインドコントロール」&「悪魔の囁きリーディング」

 

言葉にできること

昔からよく考えていたことがありました。それは、人間は"乗り越えた"ものしか表現できないということについてです。

 

別の言い方をすれば、言葉にできることは全て「過去」のものだと思うのです。

 

米津玄師さんが自身のTwitterで何年も前から唯一お気に入り(いいね)に残しているただ一つのツイートをご存知でしょうか?

 

スクリーンショットを撮りました。

これです↓

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"本当に弱い人は声も出さず弱いんだとも言えず笑うことを知ってる。忘れたくない。"

 

このツイート、僕も何度も事あるごとに読み返します。それほど僕にとっても共感できるものなんです。

 

本当に弱い人、自身の「弱さ」の渦中にもがき苦しむ人がギリギリのところで唯一できること……それが"笑う"なのかもしれません。

 

十代の頃、例えば「弱さ」について表現されたアーティストの曲とかを聴く度に、「これを表現できているあなたはもはや『強い』ではないか?」と、変に嫉妬をしていた自分が居ました。

 

表現されている「弱さ」には限りなく共感することができ、救われる面があるのだけどそれを表現する「強さ」を獲得している向こう側の人達に嫉妬する……この感覚、分かりますか?(笑)

 

それはある意味、自分は「強い」はずなのだという傲慢さから来ている面があります。その話はまた別の機会に。

 

人が他人に対して伝え、表現できるものがあるのだとすれば、それは、その人自身が既に"乗り越えた"ものしかないのだと感じます。

 

葛藤するということは、自分の中に"悪の芽"を感じるからだと思うのです。だからこそ、なかなか言えないし、認めたくはないとさえ思ってしまう。

 

仮に、悩み苦しむ渦中にある物事について「言葉」にしようものなら、自身の問題を棚上げにして悪い意味で吹っ切れでもしないかぎりは表現できないのではないでしょうか?

 

そして、そうして虚勢を張って表現された心の隙間に、"悪魔"が入り込むのだと思います。

 

だから、本当に言葉にできないような問題、葛藤を抱えているのなら、それを無理矢理言葉にしようとしてはいけない。

 

仮初めの「コトバ」を口にした瞬間、"悪魔"が自分のものになってしまうのでしょう。

 

いや、もしかしたら誤魔化すことなくそれを「言葉」にできるのなら、その表現もアリなのかもしれませんね。

 

というよりも、それを誤魔化すことなく「言葉」にできた瞬間から、その人はそれを乗り越え始めているとも言えるのかもしれません。

 

もっと言えば、どういう動機で表現をするのか……にあるのかもしれないです。これ以上は僕にはまだ言えません。

 

一昨日、15点の表現 - 生駒翼の徒然日記という記事を書きましたが、そこと絡めたお話になります。

 

僕がこのブログを書く際に、ここだけは外してはならないと戒めるようにしています。

 

いつ、自分の中の"悪魔"の部分が表出されてしまうのか……戒めでもしない限り、こうしたことは怖くて文章には出来ません。

 

自身の問題、葛藤には誤魔化すことなく向き合いつつ、けれども確かに実験に徴して掴んだものに関しては表現していく。

 

バランスを、見失わないように。

 

以上です。