徒然日記

Tsubasa Ikoma

「思考を区切る」勇気を持つ事の大切さ

こんばんは、生駒です。

今日は、大学の授業でかなり頭をフル回転させた関係で、脳内が、文字通り、

”「言葉」で充満し切っている”

状態である為、割と今は自分の部屋でポケーッとしています。

f:id:IKOMA_Tsubasa8:20151214193807j:image

こういう時に、更に頭を働かせて何か別の事について”考える”には、その人の持つ”基礎体力”に依存せざるを得無く、今日、新しくブログの記事を書くのは少し躊躇っていたのですが……

「よし、『コレ』をネタにしてしまえ!」

と、思い付いた勢いでそのままこうして書き始めました(本当は、クラスメイトにも協力してもらって別のネタを用意していたのだけど……そりゃ、また後日、改めて、だね♪)

あまり知られていない……と言うよりも、一人一人が知識の上で理解していても、自覚し切れていない事実なのですが、

”思考する”

と言うのは、もの凄く体力の要る行いなのですよ。

先ほど、”基礎体力”と言う言い回しをしましたが、”思考し続ける”事には、それなりの覚悟も伴わなければいけないのでは無いかと、僕は最近、時々思うようになったのですよ。

と言うのも、”基礎体力”が身に付いていない状態で、”感情の暴走”に身を預けて”思考し続ける”と、本当に、身を滅ぼしてしまう事になるからです。

言い換えれば、”思考が暴走する”事になります。

しかも、厄介な事に、”感情の暴走”を原動力とした”思考の暴走”には、

「終わり」

が無い(正確には”終われない”)為に、そのまま放って置くと、その大元となっている

”感情の暴走”

に、気付けなくなってしまう事があるのです。

僕は、正確には断言し切れませんが、『コレ』に苛まれてしまった事があり、その苦しさというのも、よく味わった事があります。(何より辛かったのは、自分では”原因不明”で、『原因』すら無いと思い込んでいたことです)

その時の経験(過去形ではなく、現在進行形でもありますが)から学んだ、非常に大きな教訓なのですが、潔く、

「思考を区切る」

決断をする事が、自分の身を守る為にも、本当に重要なのだと……身に染みて、痛感しました。

具体的には、

「ああもう、知るか!一旦、投げ捨てるぞ!!」

と、区切りを付けたり、身体を動かす(太極拳)事で、”気晴らし”をする事を、覚えました。

じゃあ、此処で言う「思考を区切る」とは、どうやって行えば良いのか?”気晴らし”とは、何なのか??と言った疑問に対しては、いつかこのブログでゆっくり、一つ一つ、丁寧に、書いて、説明していこうと思っています。

いや、割と、ガチで、この知恵は、現代社会にもっと浸透させていく必要があると、強く感じているので……

けれども、今日は、冒頭で述べた様に、ちょっと、頭がクラクラしている状態なので、この辺で、「思考を区切り」ます!(笑)

では、また。

バイバイ〜♬