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~生駒 翼の徒然日記~

ICU(国際基督教大学)に通う千葉県在住の教養学部生です。心理学(主に臨床心理学、コーチングなど)、太極拳、リベラルアーツなどを中心に、徒然なるままに思うことを書き連ねて往きます。Twitterアカウント:@Tomo_Haneda03

「木飾る」に注目したら、至る所にあるクリスマスツリーが視界に入ってきた。

本日二つ目のブログ更新!

ジャンジャン行ってみようと思います♪

今朝方、「木飾る」と言う事について、ブログを書いたのですが、そしたら、ふと、

(そういや、クリスマスツリーとか、七夕の短冊とか、盆栽とかって、全部、「木飾る」の一種では……?)

と、連想が浮かび、そしたら、色んな所にある、クリスマスツリーなどが、目に映るようになりました。

まず、真っ先にお目に掛かったのは、ICU内にある、モミの木のイルミネーションです。

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ICUでは、毎年この時期になると、こういったモミの木のイルミネーションや、「燭火礼拝」と呼ばれる、クリスマスに由来するイベントが、開催されたりします。(「燭火礼拝」につきましては、また、近い内に記事を書いてみましょう)

去年までは、

『ふーん……またイルミネーションやってるんだ』

位にしか、関心を示していませんでしたし、ましてや、そこから何かを連想したり、感じたりする事はほとんどありませんでした。

けれども、よく考えてみると、今年は、そういった季節毎の”風情”と言ったものを、素直に楽しめるようにもなり、本当に、心に余裕が出てきたなぁと思います。

それはさて置き、他にも、ICUのモミの木程は大きくありませんが、こんな小さなクリスマスツリーと発見する事が出来ました(OvO)

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この場所は、伏せておきます(笑)

「木飾る」と言うことを意識の上にあげてから、以前よりも多くのクリスマスツリーを”発見”したり、七夕の短冊や、他にも色んな事について、思いを張り巡らせたのですが、

こういった経験をする度に、つくづく、人には、常に、「スコトーマ(心理的盲点)」が存在するのだなと、感じます。

「スコトーマ」と言う言葉は、よく、コーチング、それも苫米地式コーチングやTICEコーチングの用語として使用されるのですが、簡単に言ってしまうと、人間が認識する現実世界には、必ず、”盲点”となる部分が存在し、そこに関しては、何かのきっかけや意思を向けない限り、例え視界に映っていても、認識出来なくなるというものです。

例えば、よくある例として、

『今から、部屋の中にある紫色の物の数を数えて下さい』

などと問われ、辺りを見回してみると、何故だか、急に、紫色の物が目に入り……それらの物の数が、急に増えた様に人は感じます。

ちなみに、僕の部屋では、自分の靴下であったり、本の表紙であったり、タオルの色であったりが、目に入る様になりました。(以下の写真群参照)

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何が言いたいのかというと、僕が”クリスマスツリー”を多く認識出来る様になったのも、僕が「木飾る」と言う事に、意識の焦点を当てる様になったからです。

これ、なかなか馬鹿に出来ない現象なのですよ。

中には、これを聞いて、

『ふーん。で、それが一体何になるの?(笑)』

などというリアクションを抱いた方もいるかもしれませんが、大事なのは、この「スコトーマ(心理的盲点)」の原理、ありとあらゆる現実の認識に、適用されるということです。

例えば、よく昔から使われているお話の一つに、メーテルリンクの『青い鳥』があります。

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↑『青い鳥』とググって最初に出てきた「青い鳥」の画像(笑)

確か、あの『青い鳥』の物語の中で、主人公である兄弟達は、「幸せの青い鳥」を探すために、あちらこちらを旅して回るのですが、最終的に、「幸せの青い鳥」は、元の家に居たというオチだったんですよね。

あの話に出てくる「幸せの青い鳥」こそが、「スコトーマ(心理的盲点)」によって隠れている「幸せ」の在り処であって、それは、現代社会にそのまま当てはまるものなんだろうなぁと、よく頭に浮かぶのです。

よく、最近では聞かれる事が少なくはなりましたが、

『ここではない何処か』

に辿り着くという”幻想”を抱いて、彼方此方に旅をして回ったり、足を運んだりして回ったり、はたまた、ひたすら何かの『目標』に向かって突き進む事で、いつの日か、「幸せ」を掴み取る事が出来ると、知らぬ間に信じ込んでしまう事がありますが、

「幸せ」と言う概念が、言ってしまうと”幻想”でしか無いですし、あるとするならば、「今、ここ」、つまり『青い鳥』と同じで目の前にある訳なのです。

では、何故、そういった、「今、ここ」にある「幸せ」に気付き、それを一つ一つ、丁寧に味わう事が出来ないのかといえば、それは、人間に、「スコトーマ」心理的盲点)」が常に存在してしまうからなのでしょう。

「幸せ」の在り処が、常に「スコトーマ」によって隠れてしまっている。

だから、何をやっても満たされないし、何処に行っても納得が出来ない。

『何者か』になって、『何か』を掴んだ所で、ただ単に、前と特に変わらない”現実”が続くだけ。

そういった、いわゆる「終わりなき日常」に苛まれ、日々、生きる意味を全く感じられずに苦悩している人は、多いと思います。

かく言う僕も、これの典型例でした。

ただ、約二ヶ月ほど前に、とある大きな出来事を経験し……殆ど奇跡的に、そういった苦悩から解放されるように、少しずつ、なってきました。

やはりそこでのキーワードは、「スコトーマ」です。

少しだけ、ボカして言うならば、人間は、余りにも辛すぎる経験や、二度と見たく無いものに対して、それら総てをひっくるめて「スコトーマ」に隠す事で、それらを認識出来なくし、文字通り、『なかったこと』にするのです。

その「スコトーマ」に隠れている部分と向き合うと言うのは……物にもよりますが、時には、今まで積み上げてきた己の全人格をぶっ壊してしまいかねないほど、ツライ作業になる事もあるのです。

まぁ、こんな話はこの辺にしておきましょうか。

まだ、僕自身、笑い話にして話せるというわけでは無いですし、無茶はいけない。

今日の結論は、つまり、

”「木飾る」を意識し、「スコトーマ(心理的盲点)」を外した事で、たくさんのクリスマスツリーを見て、楽しむ事が出来たよ!”

と、言った感じです(笑)

皆さんも、クリスマスシーズンが近いので、近場にあるイルミネーションなどを是非、たまにはボーッと眺めて、楽しんでみて下さい(^人^)

それでは!

バイバ〜イ♬