~生駒 翼の徒然日記~

ICU(国際基督教大学)に通う千葉県在住の教養学部生です。心理学(主に臨床心理学、コーチングなど)、太極拳、リベラルアーツなどを中心に、徒然なるままに思うことを書き連ねて往きます。Twitterアカウント:@Tomo_Haneda03

心には、一定の許容量があり、その限界値を超えるとオーバーロードする〜授業中に居眠りしてしまう事のカラクリ(?)〜

皆さんは、授業中に寝た事って、ありますか?

僕は、中学生位の頃からほぼ毎日の様に授業中に居眠りを繰り返していました(笑)

特に寝不足が続いて居たという事でも、不真面目な学生でサボっていたと言うわけでも無く、ただ、単純に、何故だか分からなかったのですが、起きたくても、どうしても起きていられる事が出来なかったのです。

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余りにも起きられない自分の不甲斐無さが悔しくて仕方が無くて、時には授業中に頭を机にガンガン叩きつけたり、顔を殴ったり、冷水を被ったりを繰り返していましたが、それでも、寝てしまい……本当にどうしようも無く惨めな思いに駆られてしまった時は、授業中にも関わらず、泣き出して、早退した事もありました。

そうやって家に帰って来た後に、今度は奇怪な行動を取ってしまった自分に対して烈火の如く怒り狂い、また泣き出す……………………

ティーンエイジャーの頃は、そういった学校生活を毎日送って居ました。

時には医者に相談したりもしていたのですが、それでも、特に原因などは無いだろうと言われ、

『もう、”そういうもの”なんだ。俺は、生まれつき、そういう他人の話を聞けない星の元で産まれて来てしまっただけで、理由なんて、無いんだ……』

などと、諦め切ってしまっていたのですが、実は、大学生になってからは、ゼロとは言いませんが、そういう事も少なくなり、授業中に寝る事も、比較的少なくなりました。

「この違いは、何なのだろうか?」

と、考えていたのですが、おそらく、比喩的な言い方になりますが、

”心の許容量”

の違いなのだろうなと、思います。

おそらく、人間は、一度に抱え込む事が出来る”思考の量”や”感情の強度”には、その時のその人の心身の強さに応じて個々それぞれ限界値があり、それらの許容量が超えると、脳内がパンクをして、パソコンが強制的にシャットダウンするかの様に、眠りにつくのだろうなと思います。

中高生当時の僕は、兎に角授業中に先生の話を聞いていると、次から次へと山の様に疑問点が浮かび上がり、それをすぐに聞く事も出来ず、消化する事も出来ない気持ち悪さから感情が揺さぶられ、その”揺さぶり”にすら気付く事が出来ないどころか無視して思考を推し進めるあまり、脳内でパニックを起こし、居眠りを繰り返していたのだと推測されます。

大学、それも特にICUと言う現在の環境に入ってから、授業中に眠る事が少なくなったのには、おそらく以下の3つの理由が関係するのでは無いかなぁと思っています。

1. ICUの授業スタイル
2.「分からない」と一旦区切る術を覚えたこと
3. 太極拳を始めたこと

まず、1に関して。

ICUでは、一部の授業を除いて、大方が10人から20人程度の少人数程度の体制が敷かれており、授業中も、学生同士ディスカッションを重ねたり、先生にもズバズバ質問を飛ばすこともしばしばです。

何でもかんでも質問したり、発言すれば良いというものでは無いのですが、それでも、どんな意見や質問でもまずは耳を傾けてくれる先生方や学生達のその姿勢は、本当に、有り難く、僕自身、話す事で自分の思考を整理することも出来るので、毎日助かっています。

次に、2の、「分からない」と一旦区切る事に関して。

僕は、中高生の頃、十中八九、受験勉強に対して抱き続けていたプレッシャーと恐怖心が原因だと思うのですが、

「分からない」

と言ってしまう事に関して、強烈な拒否反応を示していました。

何と言いいますか、「分からない」ということを自分に許す事が出来ないと言いますか、「分からない」のであれば、それが「分かる」まで考え続ける必要があると思い込んでいましたし、ましてや他人に「分からない」部分を尋ねるのなんて、失礼の極みであるなどと、勘違いをしていました(笑)

ただ、ICUに入ってからは、それこそ、心理学の授業はほとんどがグループワークを通じて進みますし、他の授業でも、TA(ティーチングアシスタント)の先輩方の力を借りながら課題に取り組んだりする事を通じて、

「『分からない』時は、他人に聞く事で助けを求めても良いのだし、「知らない」ことは、別に恥ずかしい事では無いのだな」

と、気楽に勉強が出来るようにもなって来て、何というか、本当に長い時間を掛けて徐々にではありますが、

「学問を、愉しむ」

事が、出来るようになって来ました。

それを意識出来ている間は、眠くて眠くて勉強に手が着かないという事もありませんし、何よりも、シンドイことも楽しいことも含めて”愉しむ”姿勢こそが、学問を究めていくコツの一つなのだと、分かり始めました。

そして、3つ目の、”太極拳を始めたこと”ですが、これは一番僕の健康状態に多大な恩恵を与えてくれています。

先ほど、”思考と感情”で頭が一杯になると、強制的に眠ってしまうといった事を話しましたが、太極拳は、そういって煩雑に絡まってしまった”思考と感情”を、余計な雑念を削ぎ落としくれた上で、リセットしてくれます。

要するに、”頭がスッキリ”するのです。

ですから、僕は、暇さえあれば、授業の合間の10分休憩の時間などに、太極拳の動作をゆっくりと行い、脳内をリフレッシュさせています。

それをする様になってからは、過度の寝不足でも無い限り、授業に居眠りをする事が、無くなりました。

また、日々、太極拳の練習、修行、稽古に明け暮れる中で、確実に、”心の許容量”が増えていき、毎日の学習効率が上がったり、受け止められる感情の揺れ幅も、拡がるようにもなりました。

やはり、人間と言うのは、”心”、”技”、”体”の三つが揃って初めて自分の潜在力を存分に発揮出来るようになるのだなと、文字通り、”体感”する様になったのです。

僕自身、強靭な”心(意志)”と豊富な”技(知識)”を備え持っていたのですが、それらに見合うだけの”体(身体)”出来上がっていなく、その為に、膨大な”知識の重み”に耐え切れなかったのだろうなと……思います。

よく世間でこういった事を、『頭でっかち』などと呼んだりしますが、それは本当にその通りで、勉強だけし続ければ良いと言うほど、世の摂理は甘く無いし、上手くいかないように出来ているのだなと実感しました。

もしも、どうしても授業中や仕事中の居眠りを止める事が出来ず、何年もずっと独りで悩んでいると言う方がいらっしゃるのであれば、是非とも参考にしてみてください♪

みなさん、つべこべ考える前に、まずは身体を動かしましょう!(笑)

いや、でも、真面目に、”身体を動かす”ことを覚えるだけで、生命が救われる人、この日本には山ほど居ると思っています。

”身体”を疎かにしていた人ほど、”身体”を鍛える事によって飛躍する可能性は大きいですし。

その点につきまして、また改めて、色んな角度から記事を書いていきたいと思います。

最後までお読みくださいまして、ありがとうございます(^人^)

それでは、今日は、この辺にて。

バイバ〜イ♪

P.S. 今日は、太極拳倶楽部の他大学合同の交流大会に参加しまして、剣を振り回したり、忍者とお友達になったり、「足踏みますよ!」と後輩から警告を受けたりしていました(笑)

とても楽しかったです(//∇//)

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