徒然日記

Tsubasa Ikoma

気分が憂鬱な日にするべき事は、元気になろうとする事ではなく、何もしないで居ること

こんばんわ、生駒です。

全く陽の射さない曇天の空気も相まってか、今日の僕は、かなり調子が良くないです。

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なんと言いますか、もうグデーンでドゥーンって感じで何もやる気が起きないと言った感じですよ(笑)

でも、ブログだけは更新しておきたいなぁと思ったので、以前もやった様に、この”憂鬱な気分”を題材に少しばかり書く事にしました。(負けず嫌いの男の子ですからね♪)

さて、本題に入りましょう。

今の時代、

”明るく元気にやっていこう!”

とか、

”テンション上げていこうぜ!”

みたいな、とにかく上向きの発想で生きていこうと言った要請が、多過ぎるとも思うのですよね。

それで実際に元気になる人も居るかもしれませんが、憂鬱な気分に苛まれている日に、そんなキラキラとした台詞を聞いてしまった日には、なんと言いますか、もう、”シニタク”なったりして来ませんか?(笑)

少なくとも僕は、こう、せっかく気分を盛り上げてくれようとする人が居る中で、自分だけがそういった空間に溶け込む事が出来ないと、言い様の無い”孤立感”や”疎外感”に囚われてしまい、

”何かもう、生きていてごめんなさい……”

みたいな気分に囚われ、ますます憂鬱になってしまったりもします(笑)

「ほっといてくれよ!」

と言った感じですねw

まぁ、あまりこう言う事を話し過ぎても、ますます気分が落ち込んでしまうので、この辺で区切りを付けるとして、何が言いたいのかというと、

”暗い時は、暗いままで良い”

という事です。

一番辛いのは、ただでさえ憂鬱な気分の日に、

「『アレ』をしなきゃ、『コレ』をしなきゃ!」

「もっと元気出して行かないと!」

などと、何もしないで休んでいたい自分を否定し、無理矢理にでも、明るくなろうとしてしまう事です。

”暗い”時は、暗いままで居るものですし、そこで”明るい”ものを見せ付けられると、孤立感は増していくばかりです。

それに気分が落ち込んで居るのには、それなりの理由が必ずあるもので、心理学メジャー(専攻)の視点から考えれば、無意識が脳に指令を与えて自分に休息の合図を出してあげていると言えます。

日本においては、鬱に対する偏見がまだまだ付きまとっている様に感じますが、一言、僕は言葉を添えたくて、それは、

”健康的な人なら、誰しも鬱になります”

という事です。

”鬱になれる”と言うのは、人して正常な反応ですし、”鬱”になる事を、まるで『弱さ』や『甘え』の象徴の様に捉えられていますが、”鬱になれる「強さ」”と言うのも確実に存在します。

様々な問題を抱え込む事が出来てしまうが為に、他人よりも早く”心の許容量”が限界値を迎え、鬱のスイッチが入るのです。

……………………ふぅ。

僕自身、調子が良く無い為、あまり長く文章は書けないですね。

今回は、この辺にてしておきましょう。

結論をもう一度言うならば、

”憂鬱な気分の日は、憂鬱な気分のまま、何もしなくていい”

という事です。

”鬱”になるのは、身体からのサインでもあるので、あまり無茶はしない事です(半分、自戒を込めて書いています(笑))。

そういう日は、ゆったり、まったり、のんびりと、一日を過ごして往ましょう♪

晴耕雨読」という言葉もあるように、そんなに毎日エネルギッシュに生きる必要は、全く無いですよ(^人^)

それではみなさん、良い一日を。

バイバ〜イ♫