読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

~生駒 翼の徒然日記~

ICU(国際基督教大学)に通う千葉県在住の教養学部生です。心理学(主に臨床心理学、コーチングなど)、太極拳、リベラルアーツなどを中心に、徒然なるままに思うことを書き連ねて往きます。Twitterアカウント:@Tomo_Haneda03

「人は変われるのか?」と言う問いに対して真剣に向き合って考えてみた〜「ホメオスタシス」と「恐怖心」を乗り越える為に〜

「人は変われるのか?」

という話はよく巷の自己啓発本や心理学の世界で議論されていることですが、そもそもこのような言う問いが産まれる背景には

「人はなかなか変われない」

のだと言う前提が、多くの人々の中で自明のものとして共有されているという事実が潜んでいるのだと思います。

f:id:IKOMA_Tsubasa8:20160213230721j:image
↑「変わる」か「変わらない」か?

多くの人が人生を生きていれば必ず痛感する事ではありますが、驚く程、人って変わらないですよね?

この「変われない」理由について、心理学の世界やコーチングの世界ではしばしばホメオスタシスという言葉を用いて説明する事が多いです。

ホメオスタシスとは、「恒常性」を意味する元は生物学の用語で、動物や人間が体温を36度で一定に保とうしたり、自分の成績や自己イメージを一定に保とうとしたりする働きの事を指します。

これもよく補足される事ではありますが、このホメオスタシスで一定に保とうするものには、良し悪しは関係ありません。

それが「自分らしい」と感じるのであれば、例えどんなに苦しい状況であろうが、逆に楽しい状況であろうが、それを一定に保とうとします。

このホメオスタシスがあるお陰で、良くも悪くも人はなかなか「変われない」という結果が存在しているのだと言うことは、最近ではよく知られるようになって来たと思います。

さて、ここまでは一般的な説明なのですが、僕はこのホメオスタシスという用語を耳にする度に抱いてきた疑問が一つありました。

それは、

「では、そもそもなぜ”ホメオスタシス”が存在する必要があるんた?」

といった疑問です。

身体面に関して言えば、体温を一定に保とうとしたり、食事のバランスを保とうとする働きが存在するのは、生命を生きながらせる機能として存在するのは何となく分かるのですが、特に精神面人間関係にこれが働くのはなぜなのだろうか?と、よく考えていた事があったのです。

去年の十二月辺りから、僕はようやくこの理由が何となく分かってきた、というよりかは、”分かっていた自分に気付けた”のですが、そこには「喪失」への恐怖「死」の恐怖が深く関係するのだと見えて来ました。

おそらく、DNAレベルで本能に深く刻み込まれていることだと思います。

普段はあまり意識には上がらない事ですが、どんな出会いにも、必ず「別れ」が付きものです。

まず、どんなに大切な人も、いつかは必ずどちらかが亡くなり、別れる必要がありますし、学校生活でいえば、転校や卒業を通じて親しかった友達とバイバイせざるを得ない事もたくさんあります。

それか何故かは分からないのですが、人間にとって一番辛い経験は、「喪失」の体験なのだと言われています。

少し僕の過去の話をするならば、僕自身、特に小学生の頃は、シンガポール→インド(ニューデリー)→スリランカコロンボ)→日本(東京)と、国を跨いで三回ほど転校を繰り返しており、その度に仲良しだった友達みんなと別れる必要があり、それが大きな傷の一つとなって心に刻まれていた事に、最近気付く事が出来ました。

それは言い換えると、「別れ」が「傷」となって深く刻まれるほど、そこで過ごしてきた環境、出会いを本当に大切なものとして僕が深く捉えていたと言う事でもあるのですよね。

そういった背景もあるからか、僕自身、人間関係の変化と言うものに対して、相当大きな恐怖心を感じながら生きて来ました。

「出会い」には必ず「別れ」があるという事を否が応でも知り尽くしていたので、他人に対して、極端に近付いたり、逆に離れたりし、程良い距離感といったものを築くのが本当に苦手でした。

もう大人になっていく必要があるのて、今はこれを克服する事を課題の一つとして向き合っています(そして克服できる事を知っています)

詳細は割愛しますが、それこそが僕自身のホメオスタシスの働きであり、「変われない」理由なのだと気付きました。

ホメオスタシスが身体のみならず、情報空間や人間関係、精神面にも働くのは、誤解を恐れずに言えば「他人を大切にしたい」と言う想いが根底にあるのだと思います(ちょっとクサい台詞ですかね?(笑))

しかし、ここで一つ逆説的な事があります。

幾らホメオスタシスの力が強力な物だからと言っても、日々、人間も社会も含めねて環境は激変していっています。

時には身体のホメオスタシスを優先する為に、人間関係のホメオスタシスが後回しにされ、結果的に相手と離れ離れになると言う事が起こります。

具体的には、”君はそのままで良いよ”と互いに言い合っていたカップルが、環境の変化(就活、結婚なと)に伴う『危機』に直面し、敢え無く別れてしまうと言った事などです。

皮肉な事に、”今の関係を崩したくない”と、意固地になり、自己防衛的なホメオスタシスに身を任せ続けてしまった結果、”今の関係が崩れる”事になるのです。

ホメオスタシスによって守られて来たものが、ホメオスタシスによって崩されてしまうのです。

では、ホメオスタシスによる現状維持の作用に打ち克ち、「変わらない」でいる為には、どうすれば良いのでしょうか?

これもまた逆説になりますが、「変わらない」為には(自ら)「変わる」必要があるのです。

これを僕は、「変わらないで居る為に変わり続ける」事だと呼んでいます。

冒頭の質問で、「人は変われるのか?」と問いましたが、僕はそれに対して、「自分にとって大切なものを変えさせない為に、変わり続けることは可能だ」と、少なくとも今は答えます。

ホメオスタシスによる強固な現状維持作用に打ち克つ為には、そもそもホメオスタシスが働いている理由、根本を探っていき、それが仮に「喪失」への回避なのだとするならば、「利他的」になる事によってしか人は変われないと言えるのだと僕は思っています。

「自分」を犠牲にしてでも護りたいものを意識できる事で、人は「変わる勇気」を持つ事ができるのです。

よくコーチングでは「ゴール設定」の重要性が説かれますが、それもやはり(自分も含めて)「利他的」なもので無ければ、ホメオスタシスを打ち砕くエネルギーは生じて来ないものなのだと思います。

………………………ふぅ。

久し振りに精魂を込めて文章を書いたので、少し疲れましたね(笑)

荒削りではありますが、前から書きたかったことを書く事が出来ました!

説明不足な点もありますし、また、形を変えて何度でも書こうと思うので、皆さんも一緒にこの「人は変われるのか?」という問題について、考えてみてください(^人^)

ではでは、今回は、この辺にて。

バイバ〜イ♪

質問・感想などがある方は、是非ともコメントして下さいね♫

Twitterアカウント:@Tomo_Haneda03