徒然日記

Tsubasa Ikoma

「何処か」に行って「何か」を得て「何者」かになれば人生は全て上手くいくと思い込んでいた

 

去年『何者』と言う映画が話題になりましたね。

 

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この映画を僕は観ていないのですが、直木賞受賞作である原作小説は映画公開前に読んでいました。

 

簡単に内容を説明しますと、就職活動を迎えた大学生達が、「何者」かになりたいと必死にもがいていく中で、今まで何とか誤魔化し、辛うじて体裁を保ってきた醜悪な自意識が露呈し、それと同時に迫りくる現実と向き合う中で自己愛空想の鎧が剥がれ、挫折を繰り返す中で身の程を知らされ、「何者」にもなれない自分を痛感するという何とも読んでいて返り血を浴びる様な救いようの無い痛々しい物語でした(ささやかな救いが最後には残されていますが……)。

 

この本を読んでいた当時、僕は就活を間近に控えていたという事もあり、正直、心をえぐられたし、不快な気分にさせられました。

 

以前読んだインタビュー記事の中で著者の朝井リョウが「(現代社会の)雑音を拾い上げたい」と話していましたが、そういう意味では読んでいて本当にムカつく位、その意図は物語中によく反映されていたと思います。

 

で、そもそも、何で、当時この本を読んでムカついたりしたのかと言えば、それは僕も小説の登場人物達と同じで心の何処かで「何者」かになりたいという願いを抱えており、実際には「何者」でも無い(世間に認められていない)自分に対する強烈なコンプレックスが刺激されたからなのだと思います(今でも「何者」かになりたいという願望はあります)。

 

こういう小説や映画が世間で売れるという事は、この日本社会の中で、「何者」かになりたいと切に願い、もがき苦しむ人達、特に若者が一定数存在するという事はおそらく事実なのでしょう。

 

その心理学的な背景を一つ挙げるとすれば、発達心理学者であり精神分析家のE.H.エリクソンが述べた、青年期(11-19歳、もしくは現代では18~30歳など諸説あり)の発達課題であるアイデンティティ(同一性)の確立(”私は何者で、何者で居られるのか?”)が深く関係していると思います(参考:E.H.エリクソン著『アイデンティティとライフサイクル』)。

 

他にもそういった社会現象が起こる理由などに関して、様々な分析が加えられている事だと思いますが、今回はそういった社会背景みたいな大きいものに触れる気はありません。

 

今回触れるのは、僕自身のこと。

 

社会があーだこーだと大上段に構えて批評を重ねていくのは無責任で忍びない事この上無いですが、僕が思う僕自身のことについてなら、何を書いたとしても概ね差支えは無いでしょう。

 

「生駒 翼」が「何者」かになりたいと願っていた中で考えたこと、感じたこと、気付いたこと等について、今回は書いていこうと思います。僕個人の話ではありますが、何かしら得られるものはあると思います。

 

さて、前置きが長くなってしまいましたが、まず「何者」かになった後、人生はどうなっていくのか?と、読者のあなたに問いかけてみたいと思います。

 

その前に「何者」の定義なのですが、ざっくりと「ある程度の地位や実績があり、社会的な信用も得られている人」とここでは定めておきます(もしくはそれぞれの思い描く「何者」のイメージで構いません)。

 

例えば、ビジネスセンスを磨いていく中で独立起業をして年商100億の社長として世に名声をはせたり、欧米の超一流大学に留学し、猛勉強の末に念願のPh.Dを獲得し、博士になる事ができたり、卓越したセンスと秘められた才能を駆使していく中で誰もが羨むアーティストになることに成功したとします。

 

見事に、「何処か」に行って「何か」を得て「何者」かになる事が出来ました。

 

さて、先ほどの問いの繰り返しですが、「何者」かになった後、その人の人生はどうなっていくのでしょうか?

 

独立起業をして年商100億の社長になった人は、その後も順風満帆に会社の経営を続けるかもしれませんし、せっかく起業した会社も不況の煽りを受けてすぐに倒産するかもしれません。

 

Ph.Dを獲得した博士は、研究の成果が学会に認められていくかもしれませんし、学会から追放されて就職先も見つからず、碌な保障も無く不安定な生活を余儀なくされるかもしれません。

 

誰もが羨むアーティストになった人は、その後も持ちうる才能を存分に発揮し続け、素晴らしい作品を世に残していく事になるかもしれませんし、才能が枯渇して新たな作品を産み続けるのが困難となり、時の人として世間から忘れ去られていくかもしれません。

 

もしくは、大衆に認められなくても、知る人ぞ知る特異な人になるかもしれませんね。

 

言ってしまえば、以上に述べた事は全て僕の妄想であり、実際にはどうなるかなんて分かりません。

 

ただ、以上全てにおいて共通して一つ確実に言える事があります。

 

それは、少なくとも死なない限り、その人の人生が続いていくということです。

 

文字通り、どんな状況に陥っても、人生は続いていきます。

 

そうやって続いていく人生の中で、楽しい事もハッピーな事もたくさん起こると思いますが、当然ながら、今度は今まで直面してこなかった新たな問題や苦労にぶつかっていく事になるでしょう。

 

『いや、そんな事は無い。「何者」かになったのだから、もう問題なんか起きないし、二度と悩み苦しむ必要は無くなる!!』

 

と、反論される方もいらっしゃるかもしれませんが、多分、問題が無くなるなんてことはあり得ません。

 

「何者」かになった事で、今まで「問題」だと思って来たこと(例えば経済状況や承認欲求など)が解決されたとしても、今までのレベルでは対処しきれなかった新たな「問題」(例えば経営課題や他者貢献など)が産まれると予想できますし、既に解決された「問題」で満足をし、何も悩まずに現状維持を続けていれさえすればいいと願ったのだとしても、悲しいかな。このタービュラント(乱気流)な時代においてその願いが叶えられる事はありません。実際には個人も社会も急激にドラスティックに変化していきますし、その為、現状維持をするにも闘争が必要となってしまうからです。

 

「この世」を生きる限りは生き続ける必要がありますし、社会学者の宮台真司もよく言っていますが「これさえあれば……!!!」というものなんて「この世」に何一つ存在しません。

 

僕自身、大学に入るまでずっと、「何処か」に行って「何か」を得て「何者」かになれば人生は全て上手くいくのだと心の何処かで思い込んでいましたが、実際には何かを成す度に、

 

「『夢』を叶えたら、ただの『現実』だった……」

 

「こんなはずじゃなかった……」

 

「ここでは無い『何処か』に行きたい……」

 

などと、「幻滅」を繰り返して来ました。そして、例え「何処か」に行って「何か」を得て「何者」かになれたのだとしても、人生は続いていくものですし、

 

「自分」からは、「人生」からは、一生逃げる事が出来ない

 

という事実を認めざるを得なくなりました。

 

今ここで、「逃げる」という表現を使用しましたが、僕自身、「幻滅」の経験を繰り返す中で「自分はずっと『何か』から逃げ続けている」という事に気付くようになりました。

 

その話を深掘りしていくのはまた別の機会に譲るとして、コーチング、特に苫米地式コーチングやTPIEの世界では、こうした問題に対処する為に、

 

「『ゴール』を達成する前にまた新たな『ゴール』を設定していき、それを繰り返していく事で『ゴール』に向かう為のエネルギーが尽きないようにする」

 

事の重要性を述べていますがそれでも、少なくとも僕は、そうしたやり方は「終わりなき人生」を生きる為に「終わりなきゴール」を設定する対処法でしかないと悲観的に感じざるを得なかったのです(但し、同時にTPIEでは「ゴール設定」を繰り返す中で人生を賭けて追い求められる「本当のゴール」を見つける事が本質にあると述べています)(参考:苫米地英人著『コンフォートゾーンの作り方【聴くだけで目標達成できる!CD付き】~図解TPIEプログラム~』Unit19)。

 

はっきりとした時期が決まっている訳では無いですが、僕がこうした事実を認め始めたのは大体、大学二年生の終わり頃だったと思います。

 

ICUでのメジャー(専攻)の選択も終了し、興味のある授業を片っ端から取っていき、大学から始めたギターでバンドを組んで文化祭でライブをやり切り、高校時代から会ってみたかった人達とも実際に会えて人脈が築かれていき、そして、アメリカへの留学専攻に落ちた頃でした。

 

 当時は本当に全てが無意味に思え、正直に言えば何もしたくなく、無気力と無力感を抱えながら、ゾンビの様に死んだ目で灰色の日々を過ごしていました。

 

正直に言えば「人生」そのものが、まるで牢獄の様にも感じられました。

 

それに対して「無意味な人生に自由な意味を見出して生きていこう」とする生き方、所謂仏教で言うところの「空観」「仮観」「中観」の考え方もありますが、どう頑張っても受け入れる事が出来ず、僕にはそれが「苦し紛れの処世術」の様に思えて仕方がありませんでした。

 

もしくは、「人間なんて、難しいこと考えないで美味い物食って笑っていられればそれで良いじゃないか?」という考え方も、分かると言えば分かるのですが、やはりそれも何故だが受け入れる事が出来ませんでした。

 

他にも、「遠くに行ったり、特別な人にならなくても、今目の前にある『日常』を大切に生き、身近な所から『美しさ』を見出す事ができる感性を磨く事の方が大事」という考え方もありますが、そういう「終わりなき日常」を生きる事も僕には出来ませんでした。

 

「何処か」に行って「何か」を得て「何者」かになるだけでは人生を「生きる」事が出来ない。「何者」かになりたいという願望その物を抱く事自体、否定する必要は無いけれども、それだけを突き詰めていくと、いずれ、「破滅」をもたらす事は火を見るよりも明らかだ(これについてもまた別記事で深掘りをしていきます)。

 

その事に気付いた僕は、先を見る事、「未来」を見ることを一旦止めました。

 

そこから僕は、「自分」と、つまりは「過去」と「現在」も含めた「生駒 翼」と真に向き合っていく事となりました。

 

その結果、何を掴み、何を失い、何が残ったのか?

 

そして、どの様にして僕は「生きる」道を選択できるようになったのか?

 

それについては次回の続きの記事で書く事にし、長くなってしまったので今回はここまでにします。

 

近日中に続編を公開できる様に努力しますが、どうか末永くお待ち頂けたらと思います。

 

それでは、また改めて!

 

続きを更新しました↓(2017/03/22追記)

 

ikoma-tsubasa8.hatenablog.com

 

 

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